広島高等裁判所松江支部 昭和30年(う)191号 判決
判決理由〔抄録〕
自動車の進行速度を六、七粁に低減すれば通常絶対に他に衝突する危険がないとは謂い得ない。自動車の進路上にその進向方向に向って自動車の接近に気付かずに佇立している者を想定すればこの理は明白である。
自動車を運転する者は安全な運転のために必要な場合を除き警音器を鳴らしてならないことはまことに所論のとおりであるが、他面自動車の操縦者は他の車馬に追従するときは交通の安全を確保するため必要な距離を保たなければならず(道路交通取締法施行令第二二条)、更に又、前方にある車馬を追い越そうとする場合においては警音器その他の合図をして前車に警戒させ交通の安全を確認した上で追い越さなければならない(同令第二四条)など高速度交通機関に伴い易い危害の発生を未然に防止するため万全の措置を講ずべき業務上の注意義務を負担するのである。
原判決挙示の証拠によれば被告人は原判示自動車を運転して原判示県道を大社町方面から出雲今市方面へ向け時速約二〇粁の速度で進行し川上勝三方前附近(原判決に高石洋服店前とあるは同洋服店広告用立看板前の誤りと認める)に差蒐った際前方約二〇米の道路左側を被害者曾田捨市が自転車に乗り同一方向に進行するのを認め、まもなく右自転車を追越すことの予想される状況になったのであるが、自転車の後方約一〇米に迫った際被害者が道路の中央に寄って来てよろよろしているのを認めたのであるから、前記の道路交通取締法施行令の明文に鑑みても被告人は当然同時に警笛を鳴らすなどの方法により自転車に警告を与えて自転車との接触を防止する措置を講ずべきであったものと認められるのであって、それにも拘らず被告人が右自転車がそれまでの間道路の左端を進行していたので漫然右自転車に接触する危険はないものと即断し僅かにハンドルを右に切り減速したまま進行を続け(被告人は検察官に対し進行速度を時速六、七粁に減速した旨供述した原判決も被告人が時速六、七粁に減速した旨判示しているけれども、原審証人寺本昇の証言、原審検証調書、司法警察員の実況見聞調書を綜合すれば右被告人の供述竝びに原判示は事実に反するものと認めざるを得ない。しかしながら右事実の誤認は判決に影響を及ぼすものとは認められないから暫く措くこととする。)たため自転車との距離約一米に近接した際被告人操縦の自動車に気付かず右県道から進路右側に分岐して荒茅方面に通ずる村道に向うため右折した被害者に衝突してこれに原判示の傷害を蒙らせるに至ったものであって、右傷害は明かに被告人の過失に起因するものと断ぜざるを得ない。